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福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)883号 判決 1977年3月25日

原告 甲野花子

右法定代理人親権者父 甲野一郎

同母 甲野良子

<ほか三九名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 小泉幸雄

同 本多俊之

同 諌山博

同 古原進

同 林健一郎

同 中村照美

同 小島肇

同 上田国広

同 岩城邦治

同 井手豊継

同 内田省司

同 津田聡夫

同 林田賢一

同 辻本章

同 木梨芳繁

同 立山秀彦

同 岩城和代

同 三浦諶

同 原正己

同 坂本駿一

同 前田豊

同 馬奈木昭雄

被告 福岡市同和奨学振興会

右代表者会長 戸田成一

右訴訟代理人弁護士 内田松太

同 和智龍一

同 稲澤智多夫

主文

一  被告は、原告らに対し、別紙(二)記載の各金員を支払え。

二  被告は、原告らに対し、昭和五二年二月及び三月のそれぞれ末日限り、別紙(三)給付月額欄記載の各金員を支払え。

三  被告は、原告らに対し、原告らが昭和五二年四月一日以降別紙(三)在学校名欄記載の各学校に正規の修業期間内在学する期間中、被告に対し同和進学奨励金の継続申請をしたときは、毎月末日限り別紙(三)給付月額欄記載の各金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、被告の負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙(二)記載の各金員及び昭和五二年二月一日から原告らが別紙(三)在学校名欄記載の学校につきそれぞれの正規の修業期間を終るまで毎月末日限り、別紙(三)給付月額欄記載の金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  規約及び規程の内容

被告は、福岡市同和奨学振興会規約(以下「規約」という。)及び福岡市同和奨学振興会進学奨励金入学支度金給付規程(以下「規程」という。)を各定めているが、右規約及び規程は、次のとおり規定している。

福岡市同和奨学振興会規約

(総則)

第一条 この会は、市内の同和地区子弟の健全な育成を図るため学校教育法に基づく学校に就学する者でその就学が困難な者に対し、入学支度金並びに進学奨励金等を給付して、就学、進学を奨励するとともに、進路指導、就学援助に努めることを目的とする。

第二条 この事務局を福岡市中央区天神一丁目、福岡市教育委員会学校教育部内に置く。

第三条 この規約の目的を達成するために次の事業を行う。

1 給付生の選考に関する事項

2  給付金額の決定に関する事項

3  進学奨励金、入学支度金の助成に関する事項

4  進学指導の研究調査の助成に関する事項

5  学力向上のための促進学級の助成に関する事項

6  眼鏡購入のための就学援助金の支給に関する事項

7  その他目的達成のための必要な事項

第四条 奨学振興に関する事項を審議するため、次の役員を置く。

1 会長一名

2 副会長一名

3 委員若干名

第五条 役員は関係団体、学識経験者、市職員の中から委嘱する。

第六条 役員の任期は一年とする。ただし再任を妨げない。

第七条 削除

(職務及び権限)

第八条 会長はこの会を代表し、会務を掌理する。

2 副会長は会長を補佐し会長事故あるときは、その職務を代理する。

3 委員は委員会に出席し、会の重要な事項を審議決定する。

(庶務)

第九条 この会の事務を処理するため事務局を設け、事務局長及び職員若干名を置く。

2 事務局長及び職員は福岡市教育委員会職員のうちから委嘱する。

3 事務局長は会長の命をうけ、この会の事務を処理する。

(会議)

第一〇条 この会に委員会を置く。

第一一条 委員会は役員をもって構成し、会長がこれを招集し、その議長となる。

第一二条 議事は出席委員の過半数の同意をもって決する。可否同数のときは、議長の決するところによる。

第一三条 次の事項は委員会の議事を経なければならない。

1 諸規程の制定および改廃

2 その他重要な事項

第一四条 この規約は、役員総数の三分の二以上の同意を得なければ変更することができない。

附則

この規約は昭和四一年四月一日から施行する。

この規約は昭和四九年四月一日一部改正福岡市同和奨学振興会進学奨励金入学支度金給付規程

(目的)

第一条 この規程は、市内の同和地区内に居住する者の子弟に対し、進学奨励金(以下奨励金という。)を給付し、その就学を奨励することを目的とする。

(受給資格)

第二条 奨励金は次の各号に該当するものに選考の上給付する。

(1) 学校教育法に規定する高等学校及び大学に在学しているもの。

(2) 保護者が市内の同和地区に居住し、生活困難のため学資の負担にたえられないもの。

(3) 健康で学習状態が良好なもの。

(4) 他機関から奨学資金の給付を受けているもの、又は給付を受けようとするものには、本規程による奨励金の給付は行なわない。

ただし、その者が受けている、また受けようとしている奨励金の金額が、一八〇、〇〇〇円未満であるときは、その進学奨励金との差額に相当する金額の範囲内で給付を行なう。

(5) 小・中学校、高等学校及び大学新一年生(以下「新入生」という。)に対して入学支度金を支給する。

(給付金額)

第三条 給付する奨励金(以下「奨学金」という。)の額は、一人年額一八〇、〇〇〇円以内において定める。

なお、新入生に別途給付する入学支度金の額は九〇、〇〇〇円以内とする。(金額は別表1)

(給付期間)

第四条 奨励金の給付期間は、給付を開始したときから高等学校及び大学の正規の修業期間を終るまでの期間とする。

(給付の申込み)

第五条 奨励金及び支度金の給付を受けようとするものは、次に掲げる書類を関係団体長を経て本会に提出しなければならない。

2 提出書類について

区分

新規申込書

継続申込者

小中学校

福岡市小中学校入学支度金申請書用紙

高校および大学

福岡市申請書用紙(新規分)

在学証明書(一通)

所得証明書(一通)

継続用申請書

在学証明書(一通)

(委員会)

第六条 この規程による奨励金の給付に関する事項を審議決定するため委員会を設ける。

2 委員会の委員の構成は二〇人以内とし、委員は関係団体の役員、学識経験者、市職員から選出する。

3 委員会に委員の互選による委員長、副委員長を置く。

(給付の決定)

第七条 奨励金の給付を受ける者(以下「給付生」という。)及び給付金額を決定したときは、決定通知書により関係団体長を経て、給付生に通知する。

(奨励金の交付)

第八条 奨励金は毎年一ヵ月分ずつ給付生に交付する。

ただし、特別の事由あるときは、二ヵ月以上を合わせて交付することができる。なお、入学支度金の交付は一回目の奨励金を給付するときに合せてこれを行なう。

ただし、特別の事由があるときはこの限りでない。

(奨励金の停止廃止)

第九条 奨励金の給付を開始したのち、特別の事由が生じたときは、奨励金の額を停止又は廃止することができる。

2 給付生が休学したときは、その期間、奨励金の給付を停止する。

3 給付生が次の各号の一に該当するときは、奨励金の給付を廃止する。

(1) 傷病のため、修学の見込みがないと認められたとき。

(2) 奨学金の給付を受ける資格が消滅したとき。

(3) 学業成績又は行動が不良と認められたとき。

(4) 前各号のほか、給付生として適当でないと認められるとき。

(給付生の届出事項)

第一〇条 給付生は次の場合には直ちに関係団体長を経て、本会に届出なければならない。

(1) 休学、復学、転学または退学したとき。

(2) 本人又は保護者の氏名、住所等に異動があったとき。

2 当事者

(一) 被告

(1) 被告は、福岡市から同市補助金交付規則に基づいて毎年補助金を交付されている。

(2) 右の補助金は、規約四条の定める会長一名、副会長一名、委員若干名をもって構成する規程六条の委員によって運営されている。

(3) 規約一条の目的及び右(1)、(2)の事実に照らせば、被告は、一定の目的に捧げられた財産を中心として、これを運営する組織を有するもので、その実態が財団法人と同じであるにもかかわらず、法人格を有しないところのいわゆる権利能力なき財団である。

(二) 原告ら

(1) 原告らは、別紙(三)在学校名欄記載の学校に在学し、規程二条一号ないし三号にそれぞれ該当し、規約三条三号、規程一条に定める進学奨励金の受給資格者である。

(2) 原告らは、被告に対し、別紙(三)進学奨励金の給付が開始された年月日欄記載の各年度の三月に、それぞれ進学奨励金の支給を受けるべく規程五条に定める手続きにより給付の申込みをなしたところ、被告は、原告らに対し、規程七条に定める進学奨励金の給付決定をなしたので、原告らは、右年月日欄記載の期日から昭和五一年三月まで、被告から右進学奨励金の支給を受けてきた。

(3) 進学奨励金の額は、規程三条及び別表により、毎年高校、大学について公立、私立の別にその額が決定されるところ、昭和五一年四月分以降の進学奨励金の額は、昭和五一年三月二六日、振興会の委員会において、次のとおり定められた。

公立高等学校 月額金九、〇〇〇円

私立高等学校 月額金一万五、〇〇〇円

公立大学 月額一万三、〇〇〇円

私立大学 月額二万円

(4) 進学奨励金の支払時期は、規程八条により「奨励金は毎月一ヵ月分ずつ給付生に交付する。」と定められているから、遅くとも当月分の進学奨励金は毎月末日までに支給されなければならない。

(5) 進学奨励金の給付期間は、規程四条により「奨励金の給付期間は、給付を開始したときから高等学校及び大学の正規の修業期間を終るまでの期間とする。」と定められている。

(6) 右の(1)ないし(5)によれば、原告らは、被告に対し、昭和五一年四月一日から別紙(三)在学校名欄記載の学校につきそれぞれその正規の修業期間を終るまでの間の毎月末日限り、右別紙(三)給付月額欄記載の進学奨励金の支給を受けることができる。

3 原告らの申請行為及び被告の不支給の違法性

原告らは、被告に対し、昭和五一年三月一九日から同月二二日までの間に、規程五条の定める継続用申請書を同条の定める関係団体である部落解放同盟正常化福岡市協議会(以下「正常化市協」という。)の会長である藤岡祥三を経て被告に提出し、昭和五一年度も継続して進学奨励金の支給を受けるべく申請をなしたところ、被告は、原告ら以外の約三五〇名の者に対しては、昭和五一年四月一六日福岡市立少年文化会館において、同年四、五月分の進学奨励金を支給したにもかかわらず、原告らに対しては、原告ら提出の右申請書に部落解放同盟福岡市協議会(代表者会長高田光雄、以下「解同市協」という。)の支部長の認印がないことを理由にして、昭和五一年四月分以降の進学奨励金を支給しようとしなかった。

しかしながら、被告が、前記2(二)で述べたとおりの進学奨励金の受給資格者である原告らに対し、継続用申請書に解同市協の支部長の認印がないことのみを理由に昭和五一年度以降の進学奨励金を支給しないのは、規約及び規程の目的に照らして違法であり、規約及び規程所定の手続に則って申請をした原告らは、いずれも右進学奨励金の支給を拒否される理由はない。

4 結論

よって、原告らは、被告に対し、既に支払期限の到来している昭和五一年四月ないし同五二年一月分の進学奨励金として別紙(二)記載の各金員の支払を、同五二年二月一日以降は毎月末日限り別紙(三)給付月額欄記載の各金員の支払を各求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。ただし、規程五条には、別紙一ないし四として、申請書の様式が定められている。

2  同2中

(一) のうち

被告は、福岡市から毎年奨励金を含む補助金を受け、この補助金のみが収入であること、補助金の執行は、同市補助金交付規則に基づいていること、被告には、奨学振興に関する事項を審議するため会長一名、副会長一名、委員若干名の役員がいること、福岡市内の同和地区内に居住する者の子弟に対する奨励金の給付に関する事項を審議するための委員会があり、その委員は、右役員が事実上兼ねていることは認める(なお、被告が当事者適格を有することは争わない。)。

(二) のうち

(1) (1)は知らない。原告らは、規程五条所定の適式な継続用申請書(進学奨励金継続交付申請書)を提出していない。

(2) (2)は認める。被告が、原告らに対し、原告ら主張の年月に給付決定をなしたのは、原告らから被告に対し進学奨励金交付申請書または進学奨励金継続交付申請書の提出があり、右申請書は、いずれも解同市協の支部長の確認を受けて提出されていたからである。

(3) (3)のうち、給付される進学奨励金の額は、規程三条及び別表により、毎年高校、大学について公立、私立の別にその額が決定されること及び規程の一部改正により、昭和五一年四月以降、進学奨励金の月額が原告ら主張の額となったことは認める。

(4) (4)中、規定に原告ら主張のような規定部分があることは認める。

(5) (5)は認める。

(6) (6)は否認する。

3  同3は否認する。

もっとも、原告らが、被告に対し、昭和五一年度進学奨励金継続交付申請書を藤岡祥三を経て持参したこと、被告が、昭和五一年四月一六日解同市協支部長の確認印を得て継続交付申請書を提出し、給付決定通知を受けた該当者六〇三名中、当日欠席した二一名を除く五八二名に対し、福岡市立少年文化会館において、同年四、五月分の進学奨励金を交付したことは認める。

なお、被告に対し、昭和五一年三月二二日解同市協支部長の確認印のない昭和五一年度進学奨励金継続交付申請書を持参した者は、四五名であるが、うち六名は、右申請書とは別個に、解同市協支部長の確認印のある進学奨励金継続交付申請書を提出したので、これら六名については、規約及び規程により選考のうえ、給付決定通知がなされている。

4  同4は争う。

三  被告の主張及び原告の主張に対する反論

1  現行同和進学奨励金制度設置の経緯

(一) 昭和三五年八月、同和対策審議会設置法の公布制定に伴い設置された同和対策審議会(以下「同対審」という。)に対し、昭和三六年一二月七日、内閣総理大臣佐藤栄作は、「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について諮問し、同対審は総会を開くこと四二回、部会一二一回、小委員会二一回の審議を重ねて昭和四〇年八月二一日に内閣総理大臣に答申したのであるが、その答申(第三部4(2))は、同和地区子弟の教育問題に関する具体的方策の一つとして、次のとおり述べている。

V 同和地区児童生徒に対する就学、進学援助措置

a 経済的事由により、就学が困難な児童生徒にかかる就学奨励費の配分にあたっては特別の配慮をすること。

b 高等学校以上への進学を容易にするため特別の援助措置をすること。

(二) そこで、福岡市においては、右答申に則り、同和進学奨励金等の円滑な実施を図るため、福岡市及び同市における同和地区住民を代表する自主的運動体である解同市協と協議のうえ、昭和四一年四月一日、福岡市同和奨学振興会(被告)を設置し、進学奨励金等の給付事務を行うことにし、今日に至っているものである。

なお、同対申の右答申に基づき、昭和四四年七月、同和対策事業特別措置法(以下「措置法」という。)が制定され、対象地域住民に対する学校教育及び社会教育の充実を図るため、進学の奨励、社会教育施設の整備等の措置を講ずることが同和対策事業の一つとして掲げられ、国及び地方公共団体は、同和対策事業を迅速かつ計画的に推進するように努めなければならないなどとの法制化がなされた。

2  規程にいう「関係団体」について

(一) 解同市協は、福岡市における同和地区住民を代表する唯一の自主的運動体であって、規程にいう関係団体とは解同市協を指すものである。

このことは、次のような歴史的事実、即ち、大正一一年京都において全国水平社が創立され、翌大正一二年には福岡において全九州水平社の創立をみ、昭和五年から同八、九年にかけては初めて地方改善施設についての対市交渉がもたれ、戦後水平社運動の伝統を継承するものとして部落解放全国委員会が結成されるや、昭和二一年直ちに部落解放福岡市委員会が結成され、同委員会は、昭和三〇年部落解放全国委員会が部落解放同盟と改称したことに伴い、部落解放同盟福岡市協議会(解同市協)と改称して今日に至っており、解同市協が、それ以前の活動も含めて、終始一貫して福岡市における地方改善事業、同和対策事業の推進と取組んできたという事実、更には、国の同対審答申や措置法の制定に際して部落解放同盟が果した役割、即ち、右答申及び措置法は部落解放同盟の運動の成果を抜きにしては全く考えられない事実からいって明らかというべきである。

このように、福岡市においては、部落解放運動の伝統を受け継ぐ解同市協こそが、歴史的、社会的にいわれのない差別を受けている人々を代表する唯一の組織であって、このことは原告らを含め右のような差別を受けている人々が認めているところであり、また、解同市協が同和行政とともに歩んだ組織であればこそ、被告及び福岡市は当初から一貫して解同市協と相互信頼に基づく連携を保っているのである。

以上のような事実を前提として規程が制定されたものであり、したがって、規程は「関係団体」と表現する(五条、七条等)が、この団体とは解同市協のことをいうのであり、右解同市協以外に規程上の「関係団体」はありえず、新しく団体を作ったからといって、それが規程にいう「関係団体」になるといった性質のものではない。

このことは、また、規約五条によれば、被告の役員は、関係団体、学識経験者、市職員の中から委嘱する旨定められているところ、右「関係団体」の役員はすべて解同市協から委嘱されている事実からも明らかというべきである。

(二) ところが、原告らは、正常化市協も規程五条の定める「関係団体」である旨主張する。

被告には、右正常化市協がいかなるものか、どのような構成を採っているのか詳らかではない(もっとも、昭和五〇年六月ころ、訴外藤岡祥三から、同人を会長とする正常化市協が結成されたとの連絡を受けたことはある。)が、解同市協との関係についていえば、一つの地区が物理的に二分したとか、あるいは同質の組織が、単に二分したとかいうようなものでないことは明らかであり、しかも、正常化市協は、同和対策事業に関し、属地主義、即ち、同和地区に居住している住民であれば、歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けていなくても、その対象者となるという立場を採っていると解されるところであって、後述の被告を含む福岡市の同和行政の方針とは相容れないこと明らかであり、被告としては、正常化市協をして相互信頼関係にたって連携を保持すべき同和地区住民の自主的運動体とは到底認め難いところである。

3  解同市協の支部長の認印の制度について

同和進学奨励金の給付は、同和対策事業(同和行政)の一環として行われているものであり、同対申答申(第一部1)が、「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的、社会的、文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。その特徴は、多数の国民が社会的現実としての差別があるために一定地域に共同体的集落を形成していることにある。最近この集団的居住地域から離脱して一般地区に混住するものも多くなってきているが、それらの人々もまたその伝統的集落の出身なるがゆえに陰に陽に身分的差別のあつかいをうけている。集落をつくっている住民は、かつて「特殊部落」「後進部落」「細民部落」など蔑称でよばれ、現在でも「未解放部落」または「部落」などとよばれ、明らかな差別の対象となっているのである。この「未解放部落」または「同和関係地区」(以下単に「同和地区」という。)の……」と述べているとおり、同和進学奨励金等は、いうまでもなく、同和地区にあって、かつ、歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けている人々の子弟を対象として給付されるものである(いわゆる属地属人主義)。

ところが、同和対策事業を実施している市側においては、自らその対象者を特定することができないという同和行政特有の事情がある。即ち、同和地区という特定の行政区域は存在しないし、どこからどこまでが同和地区と線引きされているわけでもなく(措置法や規約、規程には「対象地域」とか「同和地区」とあるが、それがどういう範囲のものを指称するかについては、何ら規定されていない。)、加えて、同和地区内の居住状況は同和地区住民と然らざる住民とが混住しているのが一般であることもあって、もし同和地区住民を市側が判定するとなると、勢い市側において新たに同和地区住民のリストを作成するなどし、これと照合する必要が生ずることになるが、このようなことは、実質的には、かつての壬申戸籍の復活を許すこととなり到底採用することができないという事情にある。

そこで、前記のとおり、同対審の設置や答申が部落解放運動を背景にしたものであるところから、福岡市の同和進学奨励金制度については、当初から解同市協との緊密な連携のもとに実施するほかに道はなく、具体的には、福岡市と解同市協との間で協議のうえ、規約及び規程を制定し、右規約及び規程に従い解同市協の支部長が選考の対象者(即ち、同和地区にあって、かつ、歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けている人々の子弟)であることをあらかじめ確認した人の申請書、即ち、解同市協の支部長の認印のある申請書を受理し、被告の選考委員会による資格者の選考、市長に対する選考結果の具申、市長の給付決定を受けて各人への通知並びに奨励金の交付を被告が行うこととして、その運営に遺憾なきを期したのである。

したがって、今、原告らが、解同市協と袂を分ったからといって、右の運営秩序に異変を生ぜしめることはできない。蓋し、制度というものは、袂を分つ理由によって変動するごとき性格のものではないからである。

なお、付言すれば、原告らは、解同朝田派は非民主的運営をし、暴力路線を押し進めたと非難し、そのために正常化市協が結成された旨主張するが、その経緯については被告のあずかり知るところではないし、原告らが正常化市協結成に参加すること、あるいは同調すること自体は、被告とは何らの関係もないところである。蓋し、解同市協の支部長の確認印の制度は、前叙のとおり、同和地区にあって、かつ、歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けている人々の子弟であるか否かをあらかじめ確認するための制度であって、申請者が特定の団体に所属するか否かを確認するための制度ではないのであり、かつ、解同市協の支部長としては、申請者が特定の団体に所属するか否か、その所属する団体が如何なるものであるかを問わず、右対象者の申し出があれば確認印を押すことを確約しているからである。

したがって、被告は、原告らに対し、解同市協に所属することを要求したことはないし、原告らが如何なる団体に所属するかを理由として差別する意思は全くない。このことは、既に正常化市協を通して申し出があったもので、その後解同市協の支部長の確認印を受けて申請をなした者に対し、被告が受給決定をなして給付している例からも明らかなとおり、制度的には何ら差別的取扱をなしていない。

以上に述べたことから明らかなとおり、被告が運動体に対する中立を放棄し、解同市協にのみ窓口を開くものである旨の、あるいは、解同市協のみを規程五条の「関係団体」として取り扱うことは不合理である旨の原告らの主張は全く理由がない。

4  原告らの申請書を受理しなかった事由について

前叙のような事情から、被告は、進学奨励金制度については、解同市協の支部長の確認を受けた者をもって対象者とする取扱いをすることとしている(規程五条参照)。

そして、この理は、継続申請の場合にも何ら異るものではない。なぜならば、同和進学奨励金の具体的請求権は、後述のとおり、給付を開始された年度の末日で消滅する関係で、次年度以降については改めて継続給付の決定を受ける必要があるが、同和進学奨励金の請求権は、当該年度の末日をもって消滅するのであるから、継続申請とはいっても、全く新たな申請と同様の取扱いをしなければならないからである(規程五条別紙3様式参照)。もし、継続申請の場合には解同市協の支部長の確認がいらないとすると、新たに被告側においてリストを作成するなどしておき、これと照合する必要が生じるが、そうすること自体明治四年の壬申戸籍を廃止した趣旨を没却することになる。

したがって、右のとおり継続申請の場合にも、あらかじめ解同市協の支部長の確認をうけて申請するよう規程上定められているのである。

しかるに、原告らは、右規定の定めがあるにもかかわらず、解同市協の支部長の確認印がない各継続用申請書を持参したので、被告は、規程五条で定めるとおり解同市協の支部長の確認印を得て提出するようにとの文書を添えて二度にわたって右各申請書を返送したにもかかわらず、原告らは、解同市協の支部長の確認印がないままの申請書を再度持参し置いて行ったので、被告は、これを机上に放置することもできず、止むなく預っているのである。

したがって、被告は、原告らの各継続用申請書は、これを受理していないのである。

5  原告らが進学奨励金(継続分)給付請求権を有するとの主張に対する反論

原告らは、原告らは昭和五一年三月まで進学奨励金の支給を受けたものであるから、同年四月一日から、それぞれ正規の修業期間を終るまで進学奨励金を毎月請求することができる旨主張するが、進学奨励金給付を継続して受けようとする者は、規程五条二項に規定する継続用申請書を関係団体の長を経て、即ち、解同市協支部長の確認印を得て被告に提出し、規約及び規程により選考のうえ、継続給付の決定通知がなされてはじめて、給付が開始された年度の具体的請求権が発生するものであり、この点を看過した原告らの主張は失当である。

もっとも、規程四条は、「奨励金の給付期間は、給付を開始したときから高等学校及び大学の正規の修業期間を終るまでの期間とする。」旨規定しているが、これは、奨励金は原則として高等学校及び大学の正規の修業期間を支給対象とするという趣旨の規定で、これは奨励金の支給可能な期間を明示したものであり、したがって、高校の場合、留年した四年目は在学していても支給しないことを原則とすることを示しており、具体的な請求権を付与するものではない。

以上の次第であって、奨励金についての具体的な請求権は、給付決定を受けた年度の末日をもって終了するものであり、次年度に継続して給付を受けようとする者の具体的請求権は、前記手続により継続給付の決定通知がなされない限り発生しないというべきところ、前記のとおり、原告らの継続用申請書は被告に受理されておらず、結局、原告らの申請はないことに帰するのであるから、原告らの昭和五一年度の進学奨励金の具体的給付請求権は発生していない。

なお、原告らは、本件進学奨励金の給付請求権の始期に関して、市の補助金交付は同和地区住民の子弟のうち規程二条に定める要件を具備する者に対する負担付贈与を目的とする第三者のためにする契約または同類似の無名契約であって、申請者の申請行為は受益の意思表示と解されるので、同和地区住民の子弟のうち規程二条に定める要件を具備する者が被告宛申請したときに発生する権利である旨主張する。

しかしながら、市の被告に対する補助金交付(これは行政処分である。)と被告が行う具体的進学奨励金給付とは別個のものである。即ち、進学奨励金の給付の手続は、申請者による解同市協支部長の確認印ある申請書が提出されると、被告はこれを選考委員会に諮って資格者の選考を行い、その結果を市長に具申し、市長の給付決定があると、被告はこれに基づき、申請人への通知並びに奨励金の交付を行うことになっているのであって、前者の市長の給付決定手続は行政処分、後者の被告の奨励金交付手続は負担付贈与契約と解するのが相当である。

したがって、市の補助金交付が、負担付贈与を目的とする第三者のためにする契約または同類似の無名契約であることを前提とする原告らの右主張は失当である。

四  原告の主張及び被告の主張に対する反論

1  本件進学奨励金支給施策について

本件進学奨励金の資金源は被告が福岡市より交付された補助金によって賄われており、被告たる福岡市同和奨学振興会の会長には福岡市教育委員会の教育長が就任しており、被告の事務局は福岡市教育委員会教育部内におかれ、事務局長及び職員は福岡市教育委員会職員で構成されており、その目的は福岡市内の同和地区子弟の健全な育成を図ることにある。

このように、被告は、その経費、人的構成、目的よりして、私的な団体とは異なり、本来ならば福岡市自身がなすべき進学奨励金の給付事務を行なっている団体なのである。

したがって、本件進学奨励金は、この支給を求める者が少なくとも規程一条、二条の要件を充たす限り支給されなければならず、被告の恣意により、支給したりしなかったりすることが許される性質のものではない。

ところで、原告らは、いずれも昭和五一年三月までは被告から進学奨励金を支給されてきた者である。それは、原告らが、いずれも規程一条にいう福岡市内の同和地区内に居住する者の子弟であり、かつ、規程二条の受給資格を有していたからであり、被告もこのことを認めていたからにほかならず、この事実が昭和五一年四月以降突如として変わるということはありえない。

被告は、原告らに対する本件進学奨励金の不支給を正当化するために、規程五条の関係団体とか解同市協支部長の確認印とかを云々するが、これらの規定、手続は、右要件の具備の存否を判断せんがために存するのであって、手続が自己目的化されてはならない。原告らのように右要件を具備していることが明白な者について、被告主張の手続がとられていないことなどを口実にして、支給が拒否され、同じ同和地区住民の子弟でありながら、解同市協を通じた者は支給を受け、そうでない者は支給を受けえないなどという全く不公正な事態を招くことは、本件進学奨励金が設けられている趣旨、目的に背馳すること明らかである。

2  被告と解同市協との結びつき及びその不当性について

被告は、被告と解同市協との緊密な連携が必要であり、解同市協こそが規程五条の「関係団体」である旨主張する。

(一) なるほど、地方自治体が一定の行政を行なう場合に民間の運動体と連携をとる必要がある場合もあるであろうことは原告らの否定するところではない。

しかしながら、それは、その運動体の不当、不法な要求を実現するためではなく、あくまでも地方自治体に課せられた行政目的をより良く実現せんがためであって、その場合においても、地方自治体は、いくつかある団体のうち特定の運動体のみを特別に優遇したり差別したりすることがあってはならず、あくまでも中立を堅持しなければならない。このことは、福岡市が本来なすべき進学奨励金の給付事務を行なう団体たる被告についても同様にいいうることである。

この点につき、被告は、規程五条の「関係団体」である解同市協の支部長は、如何なる団体に所属している者であるかを問わず、申し出があれば確認印を押すことを確約しているから、原告らに対して差別的取扱をしていない旨主張する。

しかしながら、解同市協の支部長が如何なる団体に所属している者かを問わずに確認印を押すからといって、被告が、原告らに対し、解同市協の支部長の確認印を強要することは許されない。蓋し、同和行政は、すべての同和地区住民に対して公正、民主的になされるべきであり、原告らが部落解放運動をすすめるどの団体に所属し、どの団体を通じて申込をするかによって差別されてはならないからである。

(二) 原告らが解同市協の支部長の確認印を敢て拒否し、正常化市協を通じて進学奨励金の継続申請をなした背景には次の事実がある。

(1) 正常化市協結成の経緯

部落解放運動を進める全国的な組織として昭和二一年二月に部落解放全国委員会が結成され、この組織は昭和三〇年八月に部落解放同盟(以下「同盟」ともいう。)と名称を変更したのであるが、福岡市においても、昭和二六年に部落解放運動を進める組織として部落解放同盟福岡市協議会(解同市協)が結成され、当時は、福岡市における解放運動を進める組織としては右組織しかなく、解放運動は右組織を中心として統一して進められていた。

ところが、同盟は、昭和四二、三年ころから委員長の朝田善之助を中心とする勢力(以下「解同朝田派」という。)が、大衆組織としての民主的運営を放擲し、解同朝田派の方針に反対し批判する組織や個人の排除を策するのみならず、暴力、脅迫によって自己の方針を押し通そうとすることを全国各地で推進し、地方自治体に対しては、同和関係の予算を暴力と脅迫をもって不当に増大させて逆差別を生み、更に、同和対策事業の窓口を解同朝田派のみに絞る(これを「窓口一本化」という。)などして、自己の勢力の温存、拡張と同和行政の私物化、利権あさりなどをするに至った。

このような解同朝田派による暴力路線は、福岡県においても異ることなく押し進められた。

このような解同朝田派の運動は決して真に部落解放を進めるものではなく、逆に差別を固定、拡大するものであることから、部落解放同盟福岡市協議会(解同市協)の中にも、解同朝田派の運動を批判し解放運動を正す動きが現われ、正しい部落解放運動をめざす組織として、昭和五〇年六月八日、部落解放同盟正常化福岡市協議会(正常化市協)が結成されるに至り、原告らの父母は、解同市協を離れて正常化市協の運動に参加するに至ったのである。

(2) 福岡市における窓口一本化行政

このようにして、福岡市においては、部落解放運動を進める組織として、正常化市協と解同朝田派の支配する解同市協とが併存するようになったのであるが、福岡市は、不当にも、後者にのみ同和行政の窓口を開くという、いわゆる窓口一本化行政をとるに至った。

ところで、同和行政の基本法である同和対策事業特別措置法は、同和対策事業の目標、内容を規定し、これらの事業を遂行するについては、「国及び地方公共団体は、同和対策事業を迅速かつ計画的に推進するように努めなければならない。」旨規定している(同法四条)。

右規定に基づき福岡市もいくつかの同和対策事業を行なっているところ、右同和対策事業のうち住宅新築、改修資金の貸付の事業を除いては、福岡市が直接に同和施策を実施せず、形式的には福岡市とは別個に、各同和対策事業ごとに半官半民的な組織(この組織の一つが被告である。)がつくられ、福岡市は右組織に補助金を支出し、この補助金をつかって右組織が各同和対策事業を行なう仕組になっているのであるが、右組織が解同市協と福岡市との癒着によるいわゆる窓口一本化を行ない、その結果、解同市協の勢力の温存と強化が目論まれていることこそ、本件において問題とさるべきである。

被告は、福岡市の同和進学奨励金制度は当初から解同市協と緊密な連携のもとに進学奨励金の支給事務を遺憾なく運営してきたというが、それは、その当時において福岡市における解放運動を進める運動体としては解同市協しかなく、解同市協が同和地区住民をよく統合しえる運動体であったからであればこそである。前記のように、この運動体が二分されるに及び、進学奨励金の支給事務を遺憾なく運営しえていたという条件が大きく崩れたにもかかわらず、被告はこのことを無視して解同市協のみに窓口を開くという態度をとるに及んだが故に、前記のとおり昭和五一年三月末日までは同和地区住民であった原告らが、同年四月以降は突如そうでなくなるかのような取扱が現出するのであって、このような事態の現出それ自体が、解同市協のみを規程五条の関係団体として扱うことの不合理さを証明しているといわねばならない。

このような不合理な事態を打開するためには、被告において解同市協との不当な癒着を排し、運動体に対する中立の姿勢を堅持して、公正、民主的な同和行政を進める以外にはなく、原告らに解同市協の支部長の確認印を求め、いわゆる窓口一本化を押しつけることは、憲法一四条に規定する国民の思想及び良心の自由を侵害するもので、極めて不当であるといわざるをえない。

3  本件進学奨励金の請求権について

(一) 権利の性質、内容、発生及び消滅等の解釈については、単に規約、規程の字句の文理解釈のみでは足らず、その制定の経緯、目的、趣旨及び運用の実態等を考慮しながら、実情に即して合理的に解釈されなければならないと解されるところ、本件進学奨励金の請求権は、学校教育法に定める高等学校及び大学の在学生についていったん受給の権利が発生した場合には、中途退学その他学業の継続を中止または中断する等の特段の事情のない限り、給付を開始したときからその正規の修業期間を終るまで給付が継続される性質または内容の権利であると解される。蓋し、本件進学奨励金制度は、被告の自認するとおり、同対審の答申に基づき福岡市の補助金を財源にして昭和四一年四月一日から実施されたものであって、右同対審の答申(第六章、4)が述べるとおり、「同和地区の子弟には高等学校や高等専門学校に進学する能力を持ちながらも、経済的な理由で進学できない者が多数いる。この事業は、このような生徒に対して奨学金や通学用品等助成金を支給して進学のみちをはかり、将来有為な社会人としての活躍を期待する」ことを目的とする奨励制度である(規約及び規程の字句からもこのように解される。)。そして、右目的を十全ならしめるためには、受給者に前記のごとき特段の事情がない限り終業までその受給の継続を求めることができると考えるのが合理的であるからであって、このことは、受給者が、その途中の年度において支給を拒否されたような実例が存しないことからも窺えるところである。

なるほど、受給者は、毎年四月に継続申請の手続を経ることになっているが、規程五条によれば、継続申込者は継続用申請書と在学証明書(一通)の提出を要求されているのみであって、新規申込者の場合のように所得証明書の提出を求められていないことからも明らかなとおり、受給者が所定の学校の次年の学年に進学していることを確認するための手続にすぎないと解される。

(二) また、本件進学奨励金の請求権は、その制度の沿革、目的、趣旨、財源及び運用の実態等に照らせば、委員会の決定によりはじめて請求権が発生するといった性質の権利ではなく、同和地区住民のうち規程二条に定める要件を具備する者が被告に申請をしたときに発生する権利であると解される。蓋し、被告は、規約及び規程によってその一応の人的構成、手続を定めており、法形式上は行政の一部門としてでなく設立されたものであるが、もともと福岡市の同和施策の一部を効率的に行うためにほかならず、その運用の実態は、福岡市の職員が専属事務局となって事務をとり、財源も全て同市の補助金で賄われているうえに、従前、本件進学奨励金は、新規、継続を問わず申請しさえすれば特段の審査もないままほぼ申請者全員について支給されてきているのであって、これを法的に評価するならば、本件福岡市の補助金交付は同和地区住民の子弟のうち規程二条に定める要件を具備する者に対する負担付贈与を目的とする第三者のためにする契約または同類似の無名契約であって、申請者の申請行為は受益の意思表示と解されるからである。

第三証拠《省略》

理由

一  被告は、福岡市から同市補助金交付規則に基づいて毎年補助金の交付を受け、右補助金を資金として福岡市内の同和地区内に居住する者の子弟に対する進学奨励金の給付事務を取り扱っていること、原告らは、被告に対し、別紙(三)進学奨励金の給付が開始された年月日欄記載の各年の三月に、それぞれ進学奨励金の支給を受けるべく規程五条の定める手続により給付の申込みをなしたところ、被告は、原告らに対し、規程七条に定める給付決定をなし、原告らは、いずれも別紙(三)進学奨励金の給付が開始された年額日欄記載の期日から昭和五一年三月まで進学奨励金の支給を受けてきた者であること、給付される進学奨励金の月額は、昭和五一年四月以降は、公立高等学校金九、〇〇〇円、私立高等学校金一万五、〇〇〇円、公立大学金一万三、〇〇〇円、私立大学金二万円であり、もし原告らが昭和五一年度についても給付を受けるべきものとすれば、原告らに対する進学奨励金の月額はそれぞれ別紙(三)給付月額欄記載の金額であることは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、規程五条には、進学奨励金の継続申込者については継続用申請書及び在学証明書(一通)の提出が必要とされ、右継続用申請書は、別紙三に「福岡市高等学校大学等進学奨励金継続交付申請書」と題してその書式が定められ、それによると、申請者(その住所、氏名及び学校名を記載する。)及び保護者(その住所及び氏名を記載する。)欄のほかに、支部長確認欄があって、その欄内に、日付、支部名及び支部長名を記載し、更に支部長が押印することになっていることが認められるところ、当事者間に争いのない事実に弁論の全趣旨を総合すると、原告らは、昭和五〇年度までの進学奨励金については、新規申込者または継続申込者を問わず、いずれも給付申請書を提出するに際し、申請書の支部長確認欄に解同市協の支部長の確認(印)を得て提出していたが、引続いて昭和五一年度の進学奨励金給付の継続用申請書を提出するに際しては、いずれも申請書の支部長確認欄に正常化市協の会長である訴外藤岡祥三の確認(印)のある各継続用申請書を同人を経て提出したこと、被告は、右各継続用申請書には解同市協の支部長の確認(印)が必要であるから、これを得て再提出するようにとの文書を添えて右各継続用申請書を返送したが、原告らは解同市協の支部長の確認(印)がないままの右各継続用申請書を再度持参し置いていったこと、そして、原告らが被告の再三にわたる勧告にもかかわらず、本件継続用申請書に解同市協の支部長の確認(印)を貰うことをしなかったのについては、解同市協の内部における運動方針の相違を原因とする対立が激化し、その結果、原告らの父母らが訴外藤岡祥三を中心に解同市協から袂を分かち、別個の組織である正常化市協を形成するに至ったという事情のあること、そこで、被告は、止むをえず原告らが持参し置いていった各継続用申請書を保管しているが、原告らに対し、各継続用申請書を受理していないとして昭和五一年度の進学奨励金の支給をしないことが認められる。

右認定事実によれば、原告らがその主張の昭和五一年度分の進学奨励金の給付を受けえないのは、原告ら提出にかかる進学奨励金の各継続用申請書の支部長確認欄に解同市協支部長の確認(印)がなく、そのため被告が右各継続用申請書を受理していないとしているとの点に帰するので、以下、右各継続用申請書の支部長確認欄に解同市協の支部長の確認(印)を欠くことが進学奨励金を給付しないことの正当な理由となるか否かについて検討する。

三  本件進学奨励金の性格およびその給付の申込手続を定める規程五条の意味について考えるに、《証拠省略》を総合すれば、本件進学奨励金制度は、福岡市が同和行政の実質的推進を図る意図で設置したものであり、福岡市の同和地区内に居住する者の子弟の健全な育成を図るため、学校教育法に基づく学校に就学する者でその就学が困難な者の就学及び進学を奨励することを目的とする制度であって、その奨励金の資金は福岡市から補助金として交付される公金で賄われており、これを、支給を受ける右子弟の側からみれば、単に恩恵的に給付を受けるにすぎないものではないと解するのが相当であり、したがって、被告としては、規程の定める進学奨励金受給の資格を有する者から所定の申込手続による給付の申込みがあった場合には、他に給付を相当としない特段の事由がない限りこれを拒むことは出来ず、所定の給付手続を履践したうえ、進学奨励金を給付すべき義務を有しているものと解するのが相当である。

そこで、進学奨励金の右のような性格を踏まえたうえで進学奨励金の申込手続を定めた規程五条をどう解釈すべきかを考えるに、なるほど、進学奨励金の新規申込者からの申請にあっては、当該申込者が同和地区子弟であることを判定する資料として、申請書に「関係団体」の支部長の確認(印)を貰ったうえ関係団体長を経て提出させる取扱いをすることは、進学奨励金の受給資格の有無の判定等に便宜を与えるなど、その事務処理を円滑に運営するうえで効果が大きく、その合理性は十分肯認できるところである。

しかし、本件の原告らのように、継続申込者からの給付申請にあっては、申込者が同和地区子弟であるかどうかの点に関する限り、既に進学奨励金支給の開始にあたって申請者の受給資格の有無の審査は尽くされているのであるから、再度の継続用申請書の提出に際して、関係団体の支部長の確認(印)を要求することに実質上の必要性があるとは認められない。

(新規申込と継続申込の各場合で資格審査の範囲に自ずから差異を生ずることは、継続申込については所得証明書の提出が求められていないことからも理解される。また、被告は、継続申込について解同市協の確認(印)を不要とすると、被告において同和事業対象者のリストを作成しなければならず、幣害を生ずる旨主張するが、給付を決定された者の氏名等を明確にしておくことは被告の事務処理上当然に必要な事柄であるから、被告の右主張が失当であることは明らかである。)。

ところで、原告らの提出した継続用申請書に解同市協ではなく正常化市協の確認(印)が付されるに至った経緯は前認定のとおりであるところ、同和事業対象者の範囲につき正常化市協がとっていると被告の主張する見解の当否その他正常化市協を規則にいう「関係団体」と認め難い理由として被告が主張する諸点及び解同市協が原告らのために何時でも確認(印)を与える用意があるとの点についての議論をひとまず措き、仮に被告主張のように正常化市協が規則の予定する関係団体に該らないとしてみても、解同市協と正常化市協との対立が原告らの父母達の同和運動に対する考え方の相違に根ざしていること及び本件進学奨励金が原告らにとって学業を続けて行くのに必要な、極めて重要な意義をもつものであることを考えるならば、被告において前記のとおり実質的にほとんど意義のない「関係団体」支部長確認(印)の欠缺を唯一の理由として原告らに対し進学奨励金の給付を拒むことは不当といわざるをえず、被告は、原告らの申込に応じ、所定の進学奨励金の継続給付をなすべき義務を有しているものと解するのが相当である。

被告は、進学奨励金の具体的請求権は、給付を開始された年度の末日で消滅し、次年度以降については改めて継続給付の決定を受ける必要があるところ、原告らについては給付決定がなされていないのであるから、原告らは被告に対し進学奨励金の支払を求める請求権を有しない旨主張する。

なるほど、規約三条一、二項、規程六条、七条によれば、継続申込者からの申請があった場合には、委員会が給付を継続するか否かの決定を有するものとされているけれども、右委員会の決定は、被告の内部的な意思決定の手続にすぎないものというべく、被告が原告らに対し進学奨励金を継続給付すべき義務を負うと解すべきこと前記のとおりである以上、右委員会の給付決定が現実になされるまで原告らに給付請求権が生じないとしなければならない理由はない。

四  以上によれば、被告は原告らに対し昭和五一年度の進学奨励金として原告ら主張の月額による金員を支払うべき義務がある(支払期日は各月末には到来すると解される。)から、本件口頭弁論終結時までに既に支払期日の到来した別紙(二)記載の各金員の支払及び昭和五二年二月及び同年三月にそれぞれ毎月末日限り別紙(三)給付月額欄記載の金員の支払を求める原告らの請求は理由がある。

ところで、原告らは本件進学奨励金の性質及び規程四条を根拠に、昭和五二年度以降についても本件進学奨励金の支給を請求する。

なるほど、規程四条は「奨励金の給付期間は、給付を開始したときから高等学校及び大学の正規の修業期間を終るまでの期間とする。」旨規定しているが、同時に、規程五条が継続用申請書の提出を定めているところからすれば、本件進学奨励金を受けるには一年ごとに給付の申請をする必要があり、いったん給付決定を受けた者が修業期間の終了まで毎年自動的に給付を受けるものではないことが明らかである。

ところで、将来において、原告らが本件進学奨励金の継続給付を受けられなくなるときは、原告らの就学及び進学に著しい影響を及ぼすであろうことは推察に難くなく、また、弁論の全趣旨によれば、原告らの父母と被告との継続用申請書の支部長の確認(印)に対する見解の相違から、昭和五二年度以降も原告らの進学奨励金の継続申請に対する紛争が惹起されるであろうことも容易に推察されるところである。

以上によれば、原告らの右請求は、原告らが昭和五二年四月一日以降別紙(三)在学校名欄記載の各学校に正規の修業期間内在学する期間中、被告に対し同和進学奨励金の継続申請をすることを条件とする将来給付の請求として、被告に対し、毎月末日限り別紙(三)給付月額欄記載の各金員を求める限度において理由があり、現在の給付として請求する部分は失当として棄却を免れない。

五  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 小川良昭 萱嶋正之)

<以下省略>

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